No.11
日本無線のアマチュア無線機
7月29日は「アマチュア無線の日」※です。太平洋戦争の敗戦に伴い、GHQから使用を禁止されていたアマチュア無線が、終戦後の1952年7月29日に再開されたことを記念しているそうです。JRCもかつてはアマチュア無線機を販売していたことをご存じでしょうか?すでに製造・販売・サポートは終了していますが、今回のコラムでは懐かしい当社のアマチュア無線機器を振り返り、当時の開発の変遷をたどります。
※日本アマチュア無線連盟により1973年に制定。
アマチュア無線とは?
総務省のホームページではアマチュア無線について次のように書かれています。
「アマチュア無線は、個人的な興味によって行う無線通信であり、国内・海外と幅広く交信や無線通信技術への興味による通信が行われています。様々な楽しみ方があることから『趣味の王様』とも呼ばれ、日本国内で約37万人、世界で約300万人のアマチュア無線家がいると言われております。」
引用:総務省 電波利用ホームページ
JRCのアマチュア無線機器
JRCのアマチュア無線機器市場への参入は、一般消費者へ向けた製品の生産・販売が少ない当社が、主に船舶用短波無線機の開発で培った技術をアマチュア無線家にも提供して広く製品を利用して欲しいという考えから始まりました。
1977年の受信機から始まり、続いて送信機、トランシーバ、リニアアンプを製造・販売しました。特に受信機はアマチュア無線家やラジオ聴取愛好家(BCL)だけでなく、業務用の受信機として外国の情報を必要としている新聞社、通信社などでも使用されていました。
しかし、2000年代に入るとインターネットや携帯電話の普及が影響し、1994年には136万4千局あった国内局数は、2005年には55万局まで減少しました。アマチュア無線人口の減少による市場縮小を受けて、製品の開発・販売を終了することになりました。(修理サポートも2017年に終了)
受信機、送信機
JRCのアマチュア無線機第1号は1977年のNRD-505受信機でした。本機は船舶の短波無線機で使用していた方式と同じ、短波帯(HF)を連続で受信できるゼネラルカバレッジ受信方式を用いていました。今ではインターネットなどを通じて外国の情報を得ることができますが、HF帯の電波ではアマチュア無線だけではなく外国の放送も受信することができたので、海外の日本語放送などを受信して貴重な情報をいち早く知ることができました。
NRD-505受信機
当時の受信機の内部に使用している技術では、内部の回路ユニットのメンテナンス性を容易にするために業務用受信機で定評があった完全プラグイン構造により、アマチュア無線家自身でも機器のチェックができる設計にしていました。また、今ではPLL技術などのデジタル技術で受信周波数を直読できますが、当時のアナログ技術による単純な設計ではダイヤルの目盛が等間隔にならず受信周波数の直読は困難でした。周波数を等間隔にして選局しやすくするための技術として、外国製ではコリンズ製等の一部の高級無線機にしか使用されていなかった、PTO(Permeability Tuned Oscillator)を採用し、周波数の設定をしやすくしました。受信周波数を設定するためには内部の発信周波数を変化させますが、この周波数はコンデンサとコイルの関係で決まります。通常はコンデンサを可変させて周波数を設定しますが、PTOではコイルを可変させるミュー同調機構という高度な技術を用いることによりダイヤル目盛を等間隔としました。
NRD-505は高度な技術を用いたハイエンド受信機として話題になりました。
1978年にはNRD-505とペアになるNSD-505送信機の販売を開始しました。半導体の技術も進歩していましたが、大電力を扱う半導体はまだ高価だったので、送信機の最終段での増幅回路には一般的には真空管が使用されていました。NSD-505では、最終段の増幅回路をはじめとしたすべての回路に半導体を使用したので、電源投入時の予熱時間が不要となり、また真空管による製品寿命の問題も改善されました。
NSD-505送信機
現在のアマチュア無線機は送信と受信が一つの製品でできるトランシーバーのため、一般的に受信している周波数で送信することができますが、当時は送信と受信それぞれに周波数の設定が必要でした。受信周波数に送信周波数を合わせるためには、受信機でモニターしながら送信周波数を設定することになり大変でした。しかしNRD-505とNSD-505のペアでは、トランシーブ機能としてお互いの周波数情報を連携することができたため送信周波数の設定が不要になりました。
1979年には、505シリーズのブラッシュアップとコストダウンを実現したNRD-515受信機を完成させました。アマチュア無線家の人口も徐々に増加してくると、多くのアマチュア無線局が電波を送信するようになりました。これまで以上に、目的の信号のみを受信することが望まれたため、電気的な回路の工夫が必要になってきました。NRD-515受信機はこれまでの受信能力をさらに向上させた方式として、大きな信号を受信した場合でも受信性能に影響を受けにくい回路に改善しました。受信感度と、多信号特性を両立させるために船舶用無線機にも使用されていたダイレクトミキサ方式をアマチュア無線機として初めて採用し、すぐれた特性の受信機としてアマチュア無線家の中では高く評価されました。
この頃から多信号特性を表す業務用無線機の測定基準であったインターセプトポイントやダイナミックレンジの考え方が、アマチュア無線業界でも受信機評価の目安になり、受信性能が改善されていきました。
1981年にはプリセット型アンテナチューナーを内蔵したNSD-515送信機を販売しました。NSD-515以前は送信周波数ごとにアンテナの同調設定が変化するため、運用周波数の変更の都度手動で再設定する必要がありました。この手間を改善して、周波数ごとに事前にチューナーの設定を記憶しておくことにより、それまで手動で行っていた操作を自動で設定できる機能を装備しました。さらにNSD-515は当時アマチュア無線の周波数として追加になった10、18、24MHz帯のWARCバンドもオプションにより追加することができ、さまざまな周波数で運用することが可能になりました。
JRCのアマチュア無線用送信機の開発はこの機器で最後になり、以降はトランシーバーであるJSTシリーズに移っていきました。
1985年には、10Hzステップの周波数可変を実現したNRD-525受信機を販売しました。この受信機はアマチュア無線での利用以外にも、受信だけを目的とする方にも利用され、合計で1万台以上を出荷しました。本機のフロントエンドには多くの信号を受信した際の特性の大幅改善のため、受信周波数に連動して目的以外の周波数の信号を減衰させるバリアブル同調方式のバンドパスフィルタを採用しました。受信周波数は標準で90kHzから34MHzまでカバーし、オプション追加でHF帯以外にも50MHz帯、144MHz帯、430MHz帯の受信も可能でした。
WRTH のIndustry Award受賞
1990年には、NRD-535受信機を販売してBCL(ラジオ聴取愛好家)向けに世界的に有名な書籍WRTH(World Radio TV Handbook)からIndustry Award Best Communications Receiverを受賞しました。NRD-535は受信周波数を設定するための発振器に高価な半導体デバイスを必要とするダイレクトデジタルシンセサイザ(DDS)を採用しました。これまでは10Hzであった周波数分解能が1Hzとなり、より細かな周波数の設定が可能となりました。
アナログからデジタルへ
1997年には、DSP(Digital Signal Processor)技術を利用したデジタル復調受信機NRD-545を完成しました。これまでは受信の回路は発振器を除き、全てアナログ的なフィルタや信号の復調部などで構成されていました。NRD-545はアマチュア無線業界では初めてこれらをデジタル化したDSP受信機として販売しました。これまでのアナログ技術では混信などの対応のためにはアナログの複雑なフィルタ回路を何種類も内蔵させて切り替えて使用していましたが、DSPを利用したデジタル処理ではそのフィルタをソフトウェア処理が担うことになり、回路が単純化されました。その技術はのちのDSP化の進展に大きく貢献しました。そのほか、オプションのワイドバンドコンバータの追加で1.9GHz帯まで連続で受信できるようになりました。これまではアマチュアバンドの受信のみでしたが、V/UHF帯のFMのステレオ放送、アナログテレビの音声受信、航空無線、気象衛星の信号の受信も可能になり、愛好家の中では最上位機種として今でも人気があります。
これらの初めての機能により、WRTH のBest Semi-Professional Receiverを受賞しました。
NRD-545 受信機
1998年にNRD-345受信機を販売しました。この受信機はシンプル化と小型化をはかったモデルでありながら、検波回路に従来モデルを踏襲した同期検波回路を採用し、コストパフォーマンスにすぐれた受信機としてユーザー層拡大に貢献しました。
トランシーバー
1982年にJST-100とJST-10の2機種のトランシーバーを完成しました。JST-100は、これまで受信機と送信機が分離していたものを一つの機器とした製品で、操作性を改善しました。それまでは周波数の制御はアナログ的な発振回路でしたが、内部の周波数制御をすべてPLL 化し、これらを一つの基準発振器で周波数制御するワンオシレータ方式等の新技術を搭載し、1.9~28MHzのHF帯全バンドをカバーしました。
JST-10 は7MHzと21MHzの2バンド10Wのポータブル形機器として発売しました。電波形式はSSBとCWで、小型のホイップアンテナが付属し内蔵電池によるフィールドでの移動運用に便利な機器でした。一般的には、無線機と電源とアンテナを別に準備する必要がありましたが、この機器ではオールインワンで運用できる製品として利用されていました。
JST-100 トランシーバー
JST-10 トランシーバー
1986年にJST-110、1987年にはJST-125を販売しました。JST-110からはNRD-525で開発した回路技術を採用して、100kHz~30MHzのゼネラルカバレッジ受信部を採用しました。船舶の無線設備は限られた場所に数少ないアンテナを設置するため、理想的なアンテナのインピーダンスに整合するためにアンテナチューナーが必要です。この技術をアマチュア無線機にも応用して、オプションでは屋外に外付けの防水形オートマチックアンテナチューナを設置して調整することができるようになりました。これにより、無線機からリモコンでアンテナを最適なインピーダンスに調整することができるようになり、限られたアンテナの設置環境でも多くの周波数で運用可能になりました。
1988年にはJST-135を販売しました。受信部にはNRD-525で高評価を得たバリアブル同調方式をトランシーバーとして初採用して多信号特性を改善し、送信部にはパワーアンプの冷却に強制空冷を採用して高耐久性を実現しました。この機種から18MHzと24MHzバンドが追加されました。また当時の最高級の受信機であるNRD-525とのトランシーブ操作が可能だったため、トランシーバー全盛の時代においても、受信機と組み合わせることにより高い受信性能を生かした構成で運用することもできました。
1994年にはJST-145とJST-245の2機種を販売しました。これらの機種は姉妹機で、JST-145はHF帯のみに対応、JST-245はHF帯と50MHz帯に対応しオートマチックアンテナチューナ回路を標準装備している最上位機種でした。どちらの機種も送信部にはパワーMOSFET(Field Effect Transistor)を使用したSEPP(Single Ended Push Pull)方式の低歪パワーアンプを搭載しており、50MHzは別にパワーアンプを使用するのが一般的だった時代にHF帯から50MHz帯までを広帯域のパワーアンプでカバーしました。また、従来機は電源が外付けでしたが、雑音を極限まで抑えたゼロ電圧スイッチング方式のスイッチング電源を開発しAC電源で直接利用できる仕様として、無線機に内蔵しました。
JST-245 トランシーバー
リニアアンプ
リニアアンプとは、上級のライセンスを所有しているアマチュア無線家のために無線機の出力を500W以上の大きな電力に増幅する装置です。1988年、これまでの船舶用の送信機で採用されてきた技術をもとにして、強制空冷式のセラミック真空管を使用したJRC初のリニアアンプJRL-1000を販売しました。
JRL-1000 リニアアンプ
トランジスタ式採用によるリニアアンプの大出力化
1991年には、パワーMOSFETによるSEPP方式のパワーアンプを搭載したJRL-2000Fリニアアンプを販売しました。これまでは電力を増幅するためには真空管を利用していましたが、アマチュア無線機としては初めての半導体を利用したリニアアンプとなりました。JRL-2000Fは「半導体を利用したリニアアンプは壊れやすい」というアマチュア無線界の常識を変えた製品となりました。
また、船舶無線機用に開発した大電力を扱うチューナーの制御技術をアマチュア無線機器用に最適となるように再設計した、便利なオートマチックアンテナチューナも搭載していました。
さらに、電源回路も新技術の開発による内蔵スイッチング電源などを採用したことで軽量化を実現しています。
JRL-2000Fによるリニアアンプへの半導体の採用は、それ以降の大電力増幅回路における半導体利用の普及に貢献しました。
JRL-2000F リニアアンプ
JRC最後のアマチュア無線機
2000年にJRL-3000Fリニアアンプを販売しました。従来モデルは1.9~28MHz帯をカバーしていましたが、本機は50MHz帯と非常通信周波数4630kHzもカバーし、内蔵のオートマチックアンテナチューナも50MHz帯まで対応しました。パワーアンプの心臓部であるパワーMOSFETも見直し、従来機以上に不要輻射が少なくなる低歪特性を実現しました。外観も操作パネルが脱着可能な構造を採用し、従来の横置や縦置きに加えてリモコンによるセパレート運用が可能になり、本体は机の下などの離れた場所に置くといったセッティングの自由度が拡大できる製品としました。その後、JRL-3000Fは2007年まで販売されJRC最後のアマチュア無線機となりました。
JRL-3000F セパレートタイプ
おわりに
JRCは現在も一般消費者向けの製品の取り扱いは少ないですが、業務用無線機の開発で培った技術を数多くのアマチュア無線機に応用し、その技術的な価値を理解していただいていると感じています。
今後もJRCは新たな技術開発を通じて、皆さまの安全・安心に貢献していきます。